耳鳴り闘病記

耳鳴りに苦しむ多くの方は、いきなり音をなくそうとします。

しかし、それはたいていうまくいきません。

耳鳴りを治すためには、音よりも不安感を取り除くことの方が最優先になります。

私はこの事実を、妻の耳鳴りを治療することで発見しました。

最初は私も、音をなくそうと色々と試みたのです。

しかし、それでは妻の耳鳴りは治せませんでした。

妻の耳鳴りの突破口となったのは、自律訓練法です。

自律訓練法を行って不安感が解消されると、妻の精神状態は好転しました。

そして排毒のセルフケアができるようになり、耳介下リンパ節のゴミを流して耳鳴りを完治させました。

多くの方は、この事実についてはご存知でないと思います。

耳鳴りに苦しまれている方が未だに大勢いらっしゃるというのが、何よりの証左でしょう。

妻は耳鳴りを2回発症しています。

1回目は軽症だったのですが、2回目の耳鳴りは重症でした。

耳鳴りの正しい治し方を発見するまでは試行錯誤の連続で、妻ともども苦労しました。

ですので耳鳴りの辛さ、苦しさなどは嫌というほど分かります。

耳鳴りの苦しさは本人のみならず、家族も巻き込みます。

だからこそ私は、未だに多くの方が耳鳴りで苦しんでいるのを悲しく思います。

昔の妻や私のように耳鳴りで苦しい思いをされている方がいるのかと思うと、胸が辛くなります。

耳鳴りは本当に苦しい病気ですので、一刻も早く楽になってほしいと願います。

私はここに、妻の耳鳴りを治した方法を公開します。

実際に妻の耳鳴りを治したこの方法は、その後も多くの耳鳴りの患者さんたちを治してきた方法です。

間違いはないと自負しております。

一人でも多くの耳鳴りに苦しむ方が、正しい治療方法を知り、一刻も早く楽になることを切に願います。

まずは妻の耳鳴り闘病記からお読み下さい。

 

妻の耳鳴り闘病記

娘の泣き声さえも辛い

耳の近くから聞こえる。。

耳の中から聞こえる。。

頭の中から聞こえる。。

耳を塞いでも聞こえ、目を閉じたら恐くて不安で、本当に首から上をとってしまいたい。。

私の耳鳴りは、そんな毎日でした。

耳鼻科での検査は、受けましたが仕事柄、薬も飲みたくなくて我慢の日々を送っていました。

睡眠は、もちろん浅く、やっと眠れたと思えば悪夢ばかりみてしまい、余計心身ともに疲れてしまいました。

いちばん辛いのは、誰にも私の耳鳴りは、聞こえないのでこの辛さをわかって貰えないということでした。

テレビの音が辛い、大きな声が響く、耳鳴りの音で眠れない…ことよりも可愛い娘の泣き声が響いて耳を塞ぎたくなることが一番辛かった。

 

私の耳鳴りの原因

私の場合、腎を養生すべき時にしなかったことが大きな原因の一つです。

あと一つは、長年の睡眠障害。

いつの頃からか、寝ていても疲れがとれないといった悪循環に体は慣れていました。

睡眠は時間ではなくて、質です。

体がガチガチに緊張したまま、布団に入れば深い睡眠なんて得られません。

そんな睡眠を何年も続けてきて、体はこのままではいけないよ…と耳鳴りで教えてくれました。

今思うと、そんな長年の緊張が悪いなりにバランスをとっていたけれど、出産という貴重な経験でふっと緩んだのだと思います。

娘が教えてくれたんです、きっと。

 

最初の耳鳴りは軽かった

思い起こすと、、、私の耳鳴りは、娘を妊娠する前からもありました。

ただ、気になっていなかったんです。

耳鳴ってるなぁ~
少し聞き取り悪いなあ…
こんな程度でした。

それより首肩の凝り、痛みが強く気になっていたので主人にはそのついでに耳鳴りもあるからと伝え、耳周辺のマッサージをして貰っていました。

まだ耳鳴りが軽かったのでそれだけで、楽になっていたのを覚えています。

 

娘を産んでからはジェット機のような爆音に

辛くひどくなったのは、娘を出産後です。

以前のように耳周辺のマッサージをして貰ってもたいして楽にならず、主人によくならないよ!と強く当たってしまっていました。

そして、、、

産後ひと月たったころから、耳の詰まりがひどくなりその後ジェット機の様な爆音がはじまりました。

大きな音は頭の中にがんがん響き、会話もマンツーマンでないと辛くなりました。

聞き返すことも増え、家族に何回も聞くと大きな声や強い口調で言われるので聞こえているふりをするようにもなりました。

あとは、自分からの会話も減ったように感じます。

テレビは、気が狂いそうになるのでなるべく消してもらいました。

頭が鳴ってるのか耳が鳴ってるのか全くわからなくなり、辛くて辛くて一人でいると自然と涙が出てきました。

でも産後することは山ほどあり仕事も復帰していたので、義務と惰性で動いていた日々でした。

もちろん不安が強くなっていたので、イライラしたり神経過敏になっていたのは自分でもわかりました。

眠りも浅かったので、一日の終わりがどこなのか区切りがなかったように思います。

 

自律訓練法で耳鳴りは変わり始めた

主人に自立訓練法を試して貰ったのは、その頃でした。

私自身、気力も落ちていたので日々の生活で精一杯でセルフケアまでやる気にはなりませんでしたし、実際心身ともにいっぱいいっぱいでした。

自立訓練法は、横になって主人の声に耳を傾けているだけなので、それくらいなら出来るかなという軽い気持ちで試してみました。

1週間位たったころでしょうか、、、

耳鳴りに意識がいかない時間があることに気がつきました。

耳鳴りが気にならない時間が出てきたんです。

でも聞こうとすれば、耳鳴りは確かに鳴っています。

こんな変化が出てきました。

主人曰く、その頃から耳が鳴ってる…辛い…という私の訴えが減ってきたそうです。

自立訓練法に加えて、背骨沿いのマッサージも毎日して貰いました。

毎日といっても10分のときもあり1時間のときもありバラバラですが、時間見つけて背中を緩めて貰いました。

そんな日々を送っているうちに、まず気力が出てきました。

 

気力が出てきてから流れが変わった

気力が出てきて、はじめて自分に目が向くようになりました。

そして、セルフケアをはじめることが出来ました。

それまでは、なんとかして。。治して。。

そればかり頭の中で回っていたので、大きな変化です。

主人が見つけてくれてストレッチポールは毎日のるようになりました。

はじめは、寝る前だけでしたが仕事が終わり帰宅直後にものると体がとても楽になり、その後の時間を穏やかに過ごせるようになりました。

以前は、帰宅後すぐ食事の支度に取り掛かりせわしなく食事、子供達をお風呂に入れるという流れの中で、何も急ぐことはないのに気持ちも焦りイライラしっぱなしでした。

何かに急かされているようで、今思うとこれが不安感に繋がっていったような気がします…

たかがストレッチポール…と私もたかをくくっていましたが、
帰ったら何よりもはじめにストレッチポールをするようにしたら、時間の経過もゆったりとした気がします。

何よりもまえに!、、、というのがポイントです。

後回しにしないで、自分のために何よりもまえにするんです。

仕事の合間にも乗るようにすると、やはり緊張もとれ集中力も湧き出てきました。

だんだん、体が緩むということを思い出してきた感じがしました。

長く忘れていました、本当に。。。

朝起きたときの感覚も以前と変わってきて、目覚めた時から気になっていた耳鳴りも忘れていることに気がつきました。

この頃には、主人にマッサージしてもらうことはほとんどなくなっていました。

ストレッチポールで調整が出来るようになっていたのです。

そして、以前から通いたいと思っていた若石リフレクソロジーのスクールにも通うことが出来、更に足に親しみ、追求することが出来ました。

その後は、ローラーと愛心棒を使いゴミを出して行きました。

ストレッチポールで緊張がとれていると、ゴミの排出が早いと感じました。

足をローラーに載せた感覚も全然違います。

私は、愛心棒でじっくり足を揉みたいのもやまやまですが、毎日はやはり続かなかったので、ローラーを使い楽もしながら排出していきました。

毎日のウォーキングも加わり、体が変わってきた実感がしてきた頃には、耳鳴りなんてほとんど忘れていました。

実は、耳鳴りがいちばん辛くなった頃と重なり、私は数回の膀胱炎にかかり、その後腎盂炎にかかりました。

東洋医学の耳と腎の深い関係を自ら体感出来て、痛みと辛さの中ですが冷静に考えたことを覚えています。

そして、
自分の体の中が透けて見えてきたようでした。

まごころ治療院では、ゴミを出していくときに心身ともに不安定になるとお話をさせていただいています。

私ももれなく不安定になりました。

悪夢をみたり、昔の消化出来なかったことを再現フィルムのように毎日みたり。。。

もう忘れていたはずのことを急に思い出しては腹を立ててみたり、一人に急になりたくなったり…

まあ、家族も戸惑ったようです…

でもいっときです。ずっとは続かないので、流れに身を任せて乗り切れます。

なにせ出さなきゃいけないものなので、出てくるのです。

いい機会だからと、それを楽しむ方もいられました。上手ですね!

耳鳴りがなくなり、最後に残った詰まり感も今はありません。

いつからピタッとなくなったのか?と考えるとはっきり覚えていないほど、気がつけばなくなっていたんです。

 

まとめ ~耳鳴りは自分で治せる~

はじめに、主人の声での自立訓練法で耳鳴りを忘れている時間が出来ました。

そしてそれをCDにして毎日聞いていたら気にならなくなっていました。

気力も出てきました。

気力が出たので、もっと良くなりたいという欲も出てストレッチポールにのることを加えました。

CDを聞くのは毎日ではなくなったけれど時間を見つけて聞いていました。

よく眠れるようになりました。

深く眠れているのが自分でもわかるようになりました。

感情の変化もかなり出てきました。

耳鳴りの不安感はほとんどなくなっていました。

そして、時間のゆとり心のゆとりが出来てきたので若石リフレクソロジーのスクールに通いはじめました。

並行して、愛心棒での足もみとローラーを加えました。

この頃は、もうCDは聞かなくても大丈夫になっていたのでストレッチポールにはまって一日に何回ものっていました。

ローラーは朝か夜の一回か二回かけていました。

いやしび茶は2リットルは毎日飲んでいました。体が欲していたんです。

ゴミを出しているから、流して流して。。と。

人間の体は、本当によく出来ています。

私はよく川の流れに例えますが、ゴミが入ってきても流れていないと滞ります。

耳鳴りもその滞りの一つなんです。

治せるんです、自分で。

ただ、治し方を忘れてしまっているだけなんです。

流れない、滞ってしまったには必ず理由があります。

理由がわかれば、自分で治すのは簡単です。

私の耳鳴りはとても苦しかったです。

そして何よりも、耳鳴りを治す方法を誰も知らなかったのが、本当に辛かったです。

治すのを諦めかけたことも何度もありました。

でも、主人と協力して、うまくいかないことは何度もあったけれども、あきらめずに頑張りました。

そうして試行錯誤をくりかえすうち、しだいに楽になっていき、いつの間にか耳鳴りはなくなっていました。

だいたい、発症してから1年間くらいです。

今では、私の耳は快調です!

当時の私では妻の耳鳴りを治せなかった

いかがでしたでしょうか?

妻の耳鳴りがどのようにして治っていったのか、お分かりいただけたかと思います。

妻の耳鳴りは2回ありました。

3人目と4人目の子供をそれぞれ産んだ後です。

3人目の時の耳鳴りはたいしてひどくありませんでしたので、私のマッサージで治すことができました。

しかし、4人目を出産した後の耳鳴りは重症でした。

妻はたいそう苦しみましたし、治すのも用意ではありませんでした。

当時の私の未熟なマッサージ技術では、残念ながら太刀打ちできなかったのです。


妻の耳鳴りはこちらで解説しています。よろしかったらご覧ください。